ブランディングデザイン

「デザインの言語化」はいらぬお節介?デザインプロセスの違いに驚いた話 🔈

デザイン 言語化
テリコ

先日Twitterでとあるデザイナーさんのツイートを発見しました。
それに私がびっくりしたと言うか
思うところがあったので、
今日はそのお話をしていきたいと思います。

\この内容を音声で聴きたい方はこちら↓/

同じデザイナーでも頭の中はこんなに違う。

ツイートの内容を要約するとこんな感じです。

クライアントさん

「お客様の想いを言語化してデザインします」
という売り文句を使っているデザイナーをよく見かけるけど、
曖昧なものをカタチにするのがデザインであって、
わざわざ言語化する意味がある?

それって、自分はこう思うというのを
相手に押し付けているように感じる。

要は
「想いを言語化してデザインに起こしますって、ちょっと押し付けがましくない?」
「ちょっとそれってどうなの?」という
問題提起のツイートだったんですね。

これを読んだときの私の素直な感想は、

テリコ

えっ!?びっくり!
逆に言語化しないでどうやってデザインにするの?

という感じ。

ちなみにそのツイートをしたデザイナーさんのやり方が間違ってるとか、
反論したいという話ではなく、
純粋に感覚の違いに驚いたという話です。

その方と私とではデザインプロセスにおける頭の中の回路が全然違うんでしょうね。

というのも、私は昔から言語をもとにデザインを起こすというプロセスを踏まないと、
デザインが一つも頭に思い浮かばないタイプ。

それはお客様からの依頼でも、自分が作る作品でも同じことで、
まずはとことんまで言語化します。

私の場合言語でどこまで詰められるかがデザインのクオリティに直結してくるんです。
だから私の大学時代のクロッキー帳は、10ページ中9ページが文字!

ひたすら連想ゲームや思いつきなど言葉の羅列で埋まっています。
ページが真っ黒になるくらい文字を書いて、
それを詰めてコンセプトをまた文字で決め、
それにふさわしいビジュアルをさらに文字にする。

例えば綺麗系か可愛い系か、幻想的かゴージャスか、
そういったことをまず文字にするというのが私の場合プロセスとしてあるんですね。

私がヒアリングの際に大事にしているのは「言語化」

お客様からの依頼をヒアリングするときも、
まずはお互いが使っている言葉のニュアンスが
ズレていないかを一番大事にしていています。

そのニュアンスを合わせた上で提案するものの方向性というのを考えるわけです。

だからお客様自身が
「自分に必要なテイストや方向性がわからない」というときは、
まずはそこを明確に言語化する作業を必ず一緒にやります。(じゃないと形にならない)

コンサルとかカウンセリングに近い作業ですね。

その方の「こういう感じでやりたいんです」という話の内容はもちろんのこと、
その方の服装や使っている手帳・ボールペンといったツール、
話のスピードやクセ、理論的か感覚的か、男性的か女性的か、
話が飛びやすいか結論を急ぐかなど、
曖昧な部分を全て汲み取った上で

「お客様の欲しいものはこんなニュアンスではないですか?」とか
「こんなニュアンスのものがあると良いと思いますがいかがですか?」と探っていきます。

レオン

いきなりデザインにするんじゃなくて、
まずは打ち合わせの場で言語化して、
認識のすり合わせをするんだね。

テリコ

私の場合はこの言語化がズレると
その後のデザインも漏れなくズレちゃうんだよね〜。

言語化次第でビジネスの方向性まで定まる

そして、私の場合はこのプロセスが
お客様にすごく喜ばれることが多かったんですね。
デザインのためのヒアリングだけど、
結果としてその方のビジネスやブランドの指針が
言葉としてわかりやすい形でまとまっていくわけです。

だから「お客様の想いを言語化してデザイン化します」と
謳っているデザイナーさんの気持ちってすごく分かるんですよ。

私の場合はお客様を喜ばせようというつもりはなくて、
言語化しないと私が分からないからなんですけど、
お客様の頭の中にあるものと自分の頭の中にあるものが一致しているか、
方向性が合ってるかをすり合わせるために、
言語化という作業がプロセスとして必要だから、
ついでにそこを見える化してあげるとお客様が喜ぶ。

だったらそれを自分の売りとして打ち出していこうかなと。

なので私のデザイナー人生で
「言語化=良いこと」と信じて疑ったことがなく、
ツイートにあった
「わざわざ言語化するということが相手に対して押し付けになるんじゃないか」
という視点に衝撃を受けたわけです。

言語化のデメリットがある!?

ただ、そのデザイナーさんがおっしゃるように、
言語化してしまうことで「曖昧さ」がなくなるというのは一理あるかもしれません。

言語化して曖昧さをなくすことは、
デザインの可能性や方向性を絞りこんでしまうわけです。
仮に曖昧さを残していたら何か化学反応が起きて、
びっくりするようなものや方向性が生まれたかもしれない。

その可能性を先に潰すことになるというのは確かにあると思います。

お客様によっては「詳細なんて自分で考えたくないから、大体こんな感じで」って
曖昧にイメージしたものを、デザイナーが想像以上の形で
バシッとかっこよく決めてくれたら嬉しいかもしれませんし、
それを求めてる人もいるかもしれません。

私が担当のデザイナーになると

テリコ

今言った可愛いのニュアンスってどういうことですか?

テリコ

動物に例えるとキリンぽい可愛いですか?それともウサギっぽい可愛いですか?

テリコ

Aは可愛くてBは可愛くない、その境界線はなんだと思いますか?

みたいな感じで根掘り葉掘り聞きまくって詰めていくから、
そこがめんどくさくて「そんなに聞かずにやってくれよ」と思ってる人もいたかも…。笑

だから全てを言語化せず曖昧さを残すことに
「なるほどな」と感じたわけです。
私とは180度違う視点、全く違うプロセスでデザインする人というのがいるんだなって。

デザインを言語化するしない以前に大切なこと

そこから何が大事なのかを考えると、
まずこのデザイナーさんも危惧していた
「自分がこう思うことを相手に押し付けるという形になる」のは違うので、
そこは気をつけないといけません。

それと同時に
「自分のスタイルも自分でちゃんと尊重してあげる」ことも大事だと思います。

今回の件で、人によっては言語化が必ずしも
嬉しいことではないことが分かりました。

だからといって全てを言語化からスタートする私が
今からスタイルを変えて、言語化しないタイプのお客様にも
対応できるように訓練すると、逆に私の良さが消えてしまうかもしれない。

なので、あまりいろんな人に合わせようとはしない方がいいのかなって。

結局のところミスマッチングが一番の問題。
それを防ぐために

テリコ

私はこういう価値観で、
こういうスタイルでデザインをしていて、
なのでこういうプロセスを踏みますよ〜!

ということを日頃からちゃんと発信し、
そこに魅力を感じてくれる人と出会うことが大事なんですね。

商品でも仕事のやり方でも「誰にでもなんとなく合う」のは、
結局「誰にもバチッとはまらない」こととイコールだと思っています。

まとめ

いろんな価値観、やり方の人がいることを知った上で、
自分のスタイルをしっかり選択していけると良いなと今回の件で強く思いました。

結局、自分にとって当たり前と思っていることは、実は当たり前じゃないんですね。
それを気づかせてくれるのは、いつだって自分以外の誰かです。

今回は知らないデザイナーさんのツイートだったけど、
やっぱり新しい人と関わっていくことって大事だなと改めて感じました。

これはデザインだけじゃなく仕事のやり方にも言えることです。
「自分の殻を破ってくれるのはいつも他人」そこを心していきたいと思います。

ABOUT ME
テリコ
ブランディングデザイナーです。 2016年にフリー転身。主に個人事業主のビジュアルを含めたブランド作りのお手伝いしてます。【変】をこよなく愛するが故に個性派さんが大好物。個性派だらけの世界を作ってうっかり目立ちがちな自分を隠したい所存。ウイスキー好きさんも大歓迎。