お金がなかった。全然無かった。
友人に「貯金が1万円になっちゃったんだよ!」と言ったら、
「それは貯金じゃなくて残高1万円。もっとやばいよ。」と返された。
確かに貯金というのはいざという時の余剰金的な意味合いもあるし、
だとすれば私の1万円はなけなしのそれだから、
友人の言葉は正しいな…言葉の使い方って面白い。
なんて、呑気に考える余裕はあった。
でも、事実として残高1万円だった。
当時私は鎌倉で一人暮らし。
このままだと来月には何も払えない。
さて、どうするか。
選択肢なんて「働く」以外に一つもない。

ひとまず、今ある仕事は
鎌倉の老舗イタリアンのランチバイト。
賄いがカロリー爆弾だけど、
だからこそ非常に美味しい。
美味しいものって
本当に油と糖と塩でできてる。
そこに小麦が加わればもう麻薬。
もう一つのバイトは、
独立当初からもう5年以上勤めている、
五反田のコワーキングスペース受付業務。
こちらも個人経営で、
東京のパパママと慕うご夫婦のおかげで
何年も続いている。
この2つのバイトで稼げるのは、
月に13万円程度。
1ルームの家賃が75,000円(鎌倉って東京並に高い)。
幸いにも週に2日は
高カロリー摂取可能な賄いもあるし、
死にはしない。
けど、36歳バツイチ独身残高1万円。
わかりやすい崖っぷちだ。

バイトを増やすか…とfacebookを眺めていたら、
とある交流会で知り合ったデザイナーさんが
「一緒のチームで働いてくれるデザイナーさん募集!」とのこと。
ありがたいことに、デザイナーという仕事は、
ある一定以上のスキルさえあれば常に売り手市場。
どこもかしこもデザイナーが足りておらず、
手を挙げれば仕事はいくらでもあった。
そのチームは、
とあるマーケターさんが主催する
起業塾に関わる仕事をしていた。
デザイナーの役割は、
LP制作やコンテンツ制作など溢れるほどあり、
そこで働くほとんどの人が、
いわゆる「起業初期」の人だった。
スキルも手探り中の方も多く、
私は一応デザイナー歴15年程度ということで、
即戦力として歓迎された。
ただ、そのチームで働くには、ひとつ条件があった。
そのマーケターさんが主催する60万円の起業塾に参加すること。

ただし、実費はかからない。
60万円分働けばそれでOK。
60万円以上働いたら、
その分は支払いますよ。という仕組み。
個人事業主になってから
4年程度経っても芽が出ていなかった私からすると、
高額起業塾をタダで受けさせてもらえるなんてありがたい!
60万円分の働きなんて一瞬でしょ!
やるやる!と飛び込んだ。
後日談。
この60万円分というのが非常に曖昧で、
契約書も交わしていなかったため、
まぁまぁ60万円分どころじゃなく働かされ
搾取されたがそれもお勉強。
タダより高いものは無いって、本当の話。

当時はコロナ前ということもあり、
その起業塾は対面だった。
品川の殺風景な会議室に集まって、
15名ほどが同時に受講していた。
少し緊張しながら初めての起業塾へ足を踏み入れる。
会場を見渡すと、
なんだか穏やかで優しそうな女性が目に入り、隣に座った。
それが、ジャズライブ企画コーディネーターの
atsukoさんだった。
こんなにふんわりした人が
起業塾だなんてちょっと意外。と思いきや、
どうやら彼女も同じチームで働くべく参加しているとのことだった。
(なのでこの後二人揃って結構搾取されたのは、今となっては笑える思い出。)
atsukoさんとはその後も
何度となく隣の席になり、仲良くなった。
そして、そこからとても濃い数年間を共にすることになる。
今思うと、初日の席順は奇跡だった…かと思いきや、
後から聞くとatsukoさんも、
あえて私の近くの席を選んでいたらしい。
「だって、ちょっとギラっとした
他の起業塾メンバーと、
話が合うとは思えなくて…。」って、うん、わかる。

ある日、起業塾が始まる前の空き時間に
iPadで仕事のイラストを描いていると、
atsukoさんが近寄ってきた。
「イラストってどうやって描くの?」と聞かれ、戸惑う。
どうやって…どうだろう?
当たり前に描いてたから、どうと聞かれると難しい。
確か私はその時、
イラストを仕事にするには段階があって…
という話をした記憶がある。
- 何を描けば良いのかを汲み取る力
- 汲み取ったものをどんなイラストにするか考える想像力
- 想像したものを形にする手先を動かすスキル
想像力が豊かでも、
手先が思い通りに動かなければ描けないし、
いくら上手に描けても
依頼とずれていたら意味がないし…みたいな、そんな話。
atsukoさんは以前
「イラストの描き方」という本を買って、
真っ直ぐ線を引くとか、正円を描くとか、
そういう練習をしたことがあるらしく、
「そうか〜手先の練習をするだけじゃダメなんだねー!面白ーい!」と、
子供のように目を輝かせて話を聞いてくれた。
このatsukoさんの「面白い!」と
手放しに喜んでくれる反応がとても嬉しくて、
私は今の今まで走って来られた気がしている。
